仕事がらみの”思い”

✏︎東日本大震災を経験した責任、支援を受けた責任について考えています。

翁長知事は「イデオロギーよりもアイデンティティー」をスローガンに知事選を戦いましたが、あの津波の映像を見た誰もが右左を越えて何ができるか、できることはないかと考えた瞬間があったと思います。それを肌で感じました。

限りなくなくゼロに近いが、けっしてゼロではない、人ひとり分の「責任」に立ち返って自分と社会との関わりを考え、イデオロギーやしがらみ、「下心」をそぎ落としていくと、自分なりに筋をとおしておかなければならないことが見えてきます。

薬剤師ひとり分の責任として投稿・寄稿・発表した論考です。再就職先がなくなってきたのが辛い('@')。

 

追悼

「どんなに抵抗しても、日本政府という強大な権力には限界があるかもしれないが、沖縄は抵抗したという事実を次の世代に残さないといけない」

翁長知事の言葉です。自身の無責任な対応が日本の将来に与える影響を考えようともしないアベ首相(元)とそれにぶら下がる人たちとは真逆の、あるべき姿を見据え、筋をとおして生きた本物の政治家でした。限界をつくっているのは国策という言葉に絡めとられて沖縄に負担を押しつけてきた私たちであり、強大な権力がもっとも恐れているのは、一人ひとりが一人分の責任を考えて投票する世の中になること。無関心や庶民の小さな下心につけこんで巧妙に仕組まれてきた誤魔化しに対峙するのか、黙り続けるのかが今問われています。

 


✒️ 第28回日本災害医学会学術集会 演題発表2023年3月10日)

  3.11被災地は厚労省3.12通知をいかすことができたのか?   

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✒️ 服薬中断リスクと災害時の服薬支援を考える   @日本薬剤師会雑誌 第70巻9号(2018年9月1日) 

 

1.はじめに

2011311日に発生した東日本大震災で支援を受ける側だった経験および20168月末に岩手県沿岸北部へ観測史上初めて上陸した台風10号による豪雨災害の被災地で服薬支援に関わった経験*から見えてきた課題を考察し、被災地の薬剤師に求められる災害活動のあり方を探った。

 

2.東日本大震災における服薬支援の潜在的需要

東日本大震災で被災地に入った医療支援チームから慢性疾患に対する処方需要が高く、薬剤師の働きの大きかったことが多数報告されている。

震災翌日の312日に国が薬事法49条第1項における「正当な理由」に関しての通達を出し、医師による処方箋の入手が困難な患者に対して薬剤師の判断で調剤できるとする見解を示したことは、災害時の服薬支援を考えていく上で特筆すべき対応であったが、被害の甚大だった被災地ほど周知が遅れ、通達を組織的に生かした事例の報告は見あたらない。

岩手県の救護所活動で使われた診療録を分析した「岩手県東日本大震災医療救護活動診療所分析」*2によると2011311日~2011727日までの受診者3.2万人中、「薬希望」の患者は36.7%だった。感冒などの症状に対する薬の希望も含まれていることから治療継続のための処方率はさらに低くなる。岩手県大船渡市の避難所及び救護所の慢性疾患に対する継続処方は26.9%であった。*3

国保連合分析によると、岩手県の20113月における医科分レセプト件数は前年度比較で国保が7.6万減の48.6万件(-13.3%、全国-1.6%)、支払基金が6.3万減の33.6万件(-15.7%、全国+3.8%)となっており、国保及び支払基金を合わせて13.9万件減少していた。避難所のピーク利用者数5.4万人の2.5倍を上回り、震災前年度の沿岸市町村人口27.7万人の半分におよぶ件数である。救護所の利用者3.2万人と行方不明及び亡くなった0.6万人を考慮しても医療を継続できなかった患者がかなりの割合で存在していたと推測される。

地域が分断されるような災害では避難所や救護所だけではなく、被災地に暮らす患者全体の問題として捉え、服薬中断リスクに応じた積極的な支援を行っていく必要があったと考える。

 

3.服薬中断リスク

「薬剤師のための災害対策マニュアル」*4では「在宅患者、透析・在宅酸素などの特別な治療を受けている患者、服薬継続が必要な患者(インスリン、心疾患治療薬、抗HIV薬等)をリスト化」し避難支援に備えることを求めているが、災害時における服薬中断のリスクについてまとめた論考は、いまだにNPO法人医薬ビジランスセンターが2011322日に急遽インターネット上で公表した「大震災時の薬物療法の注意点」*5が主なものである。

災害時の服薬中断による予後を明らかにした報告は見あたらないが、服薬中断リスクは現疾患の再燃・再発だけではなく長年の薬物療法に順応し恒常性を保っている状態からの中断による離脱症状や反跳現象などにも十分な注意が必要である。

服薬中断リスクを臨床的に評価した薬剤のクラス分けと対応方法を保健師などの他職種と共有できる形(手引き)でまとめ、災害時に備えておく必要がある。

 

4. かかりつけの薬局による服薬支援

台風10号による災害では宮古薬剤師会が道路、橋梁などの崩壊により通院できなくなった患者を対象にした「お薬相談窓口」を岩泉保健・医療・福祉・介護連絡会議*6のもとで開設している。相談窓口は患者からの依頼を受けてかかりつけの薬局に連絡を行い、連絡を受けた薬局が処方もとの診療機関と連携して調剤を行った。調剤薬は卸の配送ルートに乗せて相談窓口へ集め、被災地域に出向く行政職員等の協力により患者へ届けられた。*7 薬局が他業種と連携して服薬支援を行うことが可能であることを実証できたことは災害時の薬剤師活動を考えていく上で重要な成果であった。

広域調剤された薬を集配する体制があれば、かかりつけの薬局が被災地域の患者へ連絡を試みて服薬支援を行うことができ、現地で活動する保健師が患者の求めに応じてかかりつけの薬局や災害拠点薬局へ連絡をとり服薬支援に繋ぐことも可能となる。「かかりつけ薬局」は服薬支援の要となる医療提供施設であり、薬局本来のあるべき姿を啓発し普及を図っていく必要がある。

 

5.地域災害医療対策会議を柱にした医療体制

東日本大震災では命の選択をも迫られる状況の中で、次々と明らかになる問題を乗り越えようと被災地が奮闘しているさなかに様々な人的および物質的支援のミスマッチが生じていた。国は支援が有効に使われなかったばかりか被災地の負担になることもあったことを重視し、保健所または市町村を単位として行政、消防や医療・介護関係者等からなる地域災害医療対策会議を設けて主体的に取り組むよう求めるとともに、都道府県が後方支援と広域調整を担う体制に切り替えた。*8 従来のピラミッド型体制を逆転させたことは、情報が入り乱れるなかで状況を判断し、残された医療資源で乗り越えていかなければならない被災地にとって画期的な転換である。

2016414日に発生した熊本地震では県、保健所、保健医療活動チームの情報連携が上手く行われず、効率的な活動ができていなかったとして、国は201775日の通達で保健医療チームの派遣調整、保健医療活動に関する情報の整理・分析および総合調整等を行う保健医療調整本部を都道府県レベルで設置することを求め、地域災害医療対策会議との連携を改めて指導している。*9 東日本大震災の経験が生かせなかった結果(証)として被災地が捉えるべき重要な指摘である。

自然災害の被災地は一様ではない。東日本大震災規模の災害であっても、被災市町村には機能できる医療機関が少なからず残されていた。岩手県の沿岸地域では薬局109軒中全壊46軒、半壊が7軒で半数が被災を免れている。*10 先行きの見えない状況の中で、被災を免れながらも他の医療機関に通院していた患者の診察を断るという苦渋の選択をした地域災害拠点病院もあった。服薬継続のための支援は日ごろ来局患者の病状を把握しながら薬歴を管理し、薬を切らさないよう服薬指導を行っている薬剤師の責任として積極的に試みられなければならない。服薬中断リスクに応じた服薬支援や薬事トリアージで薬剤師の職能を発揮できれば災害医療に大きく貢献できることを薬剤師の側から広く訴え、組織的な服薬支援体制を作り上げていくことが必要である。

 

6.さいごに

地域災害医療対策会議の場で多職種、他業種が日ごろから顔の見える関係を築いておくことは、全国各地の薬剤師会が取り組んでいる連絡網の整備、避難所・救護所での活動を想定した訓練、医薬品卸の機能を最大限に活用した医薬品の備蓄と支援医薬品に頼らない供給体制、災害処方箋やモバイルファーマシーの運用、レセプト情報の積極的活用、避難所の衛生管理等を災害時に有効なものにしていくために重要であり、地域として想定外の事態に対処する力をつけ、地域医療を再生・再構築していくためにも必要と考える。

東日本大震災では様々な職種・業種が自分達の持駒で出来ることを探り、共に踏ん張りながら乗り越えようとしていた。復興期をむかえ日常をとり戻しつつある今、あのとき何が求められ、何が出来なかったのかを問い直す機会を逃してはならない。震災の経験から学んだことを還元し、次の災害に備えていくための「災害薬学」をつくりあげる知恵が被災地の薬剤師に求められている。

 

本考察にあたり、開示すべき利益相反はない。

 

<文献>

1.    加藤昭一:災害時服薬支援に係る一考察. 第23回日本集団災害医学会総会・学術集会 プログラム・抄録集 2018504  

2.    真瀬智彦ほか:東日本大震災 医療救護活動診療分析報告書. 岩手医科大学災害時地域医療支援教育センター/岩手医科大学医学部災害医学講座 *岩手県委託事業 2015.3

3.    大船渡保健福祉部:東日本大震災における大船渡市避難所救護所診療録データベース201212月まとめ.2012

4.    平成23年度厚生労働科学研究「薬局及び薬剤師に関する災害対策マニュアルの策定に関する研究」研究班:薬剤師のための災害対策マニュアル. 2012.39

5.    浜六郎:大災害時の薬物療法の注意点(NPO法人医薬ビジランスセンター). 20113.22

6.    宮古保健所:台風10号に伴う災害への宮古保健所の対応状況 2017

7.    内田一幸ほか:宮古薬剤師会の台風10号岩泉町災害活動について. 岩手県薬剤師会誌イーハトーブ 2017.36053

8.    災害医療等のあり方に関する検討会:災害医療等のあり方に関する検討会報告書. 2012.314

9.    厚生労働省通達:大規模災害時の保健医療活動に係る体制の整備について. 2017.71-2

10.  松田公子ほか:災害時における多職種協同 -病院薬剤師の立場から-.精神神経学雑誌 20131155号:520-526

 

 

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服薬中断リスクと薬剤師の服薬支援を考える
東日本大震災で支援を受ける側だった経験と2016年8月末に岩手県沿岸北部に観測史上初めて上陸した台風10号による豪雨災害の被災地で服薬支援に関わった経験から薬剤師に求められる災害活動を考察しました。
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✒️ 岩手日報「論壇」(2018年4月18日)

 

健康寿命をのばすための「健康日本21」という取り組みが18年前から国をあげて進められてきた 。その中で永久歯が生えそろう12歳の虫歯を1.4本以下にするという目標がかかげられ、学齢期のフッ化物洗口を予防対策として推奨している。当時は疫学的な研究方法に質的な問題があり、集団洗口の有効性と安全性の評価をめぐって水掛け論になっていた。

 

厚生労働省のフッ化物洗口ガイドラインは、フッ化ナトリウムの洗口液を飲み込んでも急性中毒の心配はないとしている。中毒量とする5mg/kgは過去の死亡例などから算出されたものであるが、その1/10でも嘔吐、下痢、腹痛などの急性中毒症状が報告されている。洗口濃度まで薄めてしまえば劇薬の指定から外れるとはいえ、飲み込まれれば胃酸と反応しさらに毒性の強いフッ化水素酸になる。症状が現れないまでも体に好ましくない影響を与える。慢性中毒としては骨や歯のフッ素症がある。フッ素含有量の多い豆類、穀類、魚介類、お茶などの摂取や生活環境、年齢や個人の感受性などによっては水質基準の0.8mg/L以下でも生じる可能性があり、フッ化物洗口はさらなる負荷となる。近年の研究では甲状腺障害、知能低下、発がん性、アレルギーなどとの関連が疑われている。

体内のフッ素は99%が骨や歯に存在するが、必須微量元素としての役割は解明されていない。フッ化物応用は虫歯になりにくい歯を人工的に作るものであり必要最小限でなければならない。

 

2016年の厚労省による全国調査で1~14歳のフッ化物洗口の経験者は13.4%にとどまっているが、12歳の虫歯は1999年の2.9本から2017年には0.8本まで減少していた。フッ素配合歯磨剤の普及と学校歯科医の指導のもとで幼稚園や小学校が口腔衛生に取り組んできた成果と考えるべきであり、日本学校歯科医会は2005年の時点で「保健管理としてのフッ化物応用は地域の歯科医療機関に委ねてよい」との見解を示している。

 

フッ化物応用に関する日本の研究は採用されていないが、世界中から質の高い研究を集めて分析したコクランレビューによるとフッ化物洗口の予防効果は26%でありフッ素配合歯磨剤単独と洗口併用の効果に差はなかった。日本弁護士連盟が「一方的な情報による知る権利の侵害」と指摘する偏った情報提供が改善されていないなかで、集団洗口のあり方に懸念を表明する歯科医も増えてきた。権威のある情報を鵜呑みにせず、親としての責任で選択してもらうための情報を共有していく必要がある。

 

 

✒️ 岩泉病院の明日に向けて @済生会岩泉病院80周年・百楽苑30周年記念誌(2018年2月28日)

 

 35年前に就職したころの薬剤科は医薬品の在庫管理と調剤が主な業務で薬価差益をいかに確保し病院経営に貢献していくかが重要な課題であった。薬剤師2人、調剤助手3人(内帳簿業務1人)の体制で週23回の巡回診療に調剤助手も同行していたため、医師のもとで薬を患者へ手渡すための技能を日常業務のなかで身につけられるように業務分担を見直し電算化を図った。在庫管理や処方通りに薬を取り揃えることに関しては欧米のテクニシャン並みに安心して任せられる体制ができたと自負している。

 

就職当時は薬事委員会が存在せず、その必要性を訴えて医薬品および薬物療法に関する情報提供、採用薬の検討や同効薬の絞込みによる効率的な医薬品管理に努めた。薬事委員会における同効薬の見直しで製薬会社の競合を促すことが可能となり、また卸会社を入れ替えた収益の試算方法を考案して競合を促すことにより、駆け引きを必要としない入札方法で薬価差益を確保できるようにした。

 

院外処方を誘導する診療報酬の改定に乗じて消費側に負担を押しつけようとする製薬会社の強引な戦略で、年々薬価差益が減り調剤薬局を誘致する話も幾度か持ち上がったが、高齢の長期入院患者が多いため薬剤管理指導に主軸を移しても人件費を補うことは難しく院内調剤を続けた方が収益に貢献できることを試算で示し、門前薬局は患者の負担に見合うメリットがなく面分業の妨げにもなることを説明して、希望者にだけ院外処方箋を交付していくことを病院の方針として固めることができた。

 

岩泉から離れて岩泉病院が多くの可能性をもち、独自性を発揮できる病院であると強く感じている。国は75歳以上の高齢者が18.1%に達すると見込まれる2025年を目処に地域包括ケア構想を確立しようとしているが、2015年の国勢調査によると岩泉町では65歳以上49.7%(全国26.3%)、75歳以上が24%と既に大きく上回った肩車社会となっている。過疎高齢化の最前線ともいえる広大な医療圏に唯一の病院として24時間体制で救急搬送を受け入れ、常に不足を強いられてきた人的資源で一般診療、検診、人工透析、巡回診療、訪問診療・看護、看取りや生活が困窮している患者への無料低額診療を行い、へき地拠点病院としての機能を維持し続けてきた功績は、今後に生かすべき大切な財産である。

 

入院から在宅への流れのなかで長期入院患者の診療報酬が下げられ、退院後の生活を心配する高齢の患者に対し「いつまでも居ていいよ」と柴野院長が話しかけていたことを今でも時おり思い出す。当時はそれで経営が成り立つのかと思ったが、医療者対患者ではなく地域に暮らす人対人として患者の生活に目を配りながら地域医療を担ってきたのが岩泉病院の伝統であり、国が進める地域包括ケアの原点がそこにあったのだと、今考える。

 

保健・福祉、医療・看護、介護、リハビリなどの地域資源をそれぞれの地域の実情に応じて活用し繋いでいこうという地域包括ケアを後押しに、外から持ち込まれる借物の手法や人材に頼るのではなく「病院」という枠を超えて独自の道を探って欲しい。多職種がプロとして夢を語り合いながら岩泉病院のあるべき姿、求めるべき姿を共有し、その姿を見据えた現実的な選択の積み重ねで新たな働きがいを生み出すことができれば自ずと人材不足は無くなると思う。町民からサイセイカイではなくイワイズミビョウインとよばれ、人が集まり、人材が育ち、地元出身の医師が働きたくなる魅力を岩泉病院は備えている。その魅力を生かして欲しいと切に願う。

 

追記:今回執筆の依頼を受け、四半世紀以上もお世話になった古巣に対する自分の思いをまとめる機会を得たことに感謝します。

 

 

✒️ 岩手日報「論壇」(2017年3月27日)

 

6年前の東日本大震災では全国から沢山の医薬品が届けられたが大半は有効に利用されなかったのみならず、集約や仕分けなどの業務が行政や医療関係者の大きな負担となっていたことが報告されている。その経験から超急性期といわれる初災後72時間の需要を近隣の市町村に保有されている医薬品でまかない、急性期以降は医薬品卸会社の流通機能を最大限に活用し供給する体制が必要だと考えられるようになった。卸は全国的な物流センターなどのネットワークがあり通常半月程度の流通在庫を確保している。災害時には土地勘があり地域の医薬品需要を熟知している卸の機能を優先して復旧させた方が効率的で、支援された医薬品の管理にかかる人的資源を早い段階で被災地へ投入できる。

 

昨年の台風10号による豪雨災害では岩手県薬剤師会が済生会岩泉病院に薬の相談窓口を設置した。町外の医療機関へ通院できない患者の依頼を受け、かかりつけの薬局等で調剤された薬を行政と共同して患者のもとに届けることができたのは、卸の協力があってのことだった。

 

卸業界は高齢化社会に向けた国の政策に翻弄されてきた。卸が単独で採算をとること自体が難しくなり、スケールメリットに生き残りをかけた併合などで420社あった会社が17年間で100社まで減少した。卸の集約化が進むなかで大手製薬会社は黒字を計上していることから国が医療費の抑制を図りながらも何を守ろうとしてきたかは明らかだが、医療機関も厳しい経営を迫れている。診療報酬改定の度に目減りする薬価差益を少しでも補おうと「現金問屋」に手を出している県立病院もある。C型肝炎治療薬ハーボニーの偽薬問題で存在が知れ渡った「現金問屋」は製薬会社から直接仕入れることができず、転売の依頼を受け現金で購入していることから、そう呼ばれている。個別売買ゆえに管理の経緯や出所が不明なものもあり、脱税目的や洋野町種市病院の薬剤師による医薬品横領事件などのように犯罪絡みのものが含まれている可能性もある。そのようなものが経費削減を盾に患者の了解もなく投与されている。

 

卸の収入源である高額な薬を「現金問屋」から購入し、収益にならない薬を押し付けておいて社会的貢献を求めるのでは余りにも虫が良すぎる。卸は災害時における医薬品供給の要となるインフラである。自治体病院は「現金問屋」などには頼らない健全な経営を目指し、地元卸との共存を図って災害に備えるべきである。

 

*「県立病院もある」の部分は「病院もある」と書き換えられていました。

 

 

✒️ 岩手日報「論壇」

 

団塊の世代が後期高齢者となる2025年には75歳以上が18.1%、認知症の患者が700万人に達すると見込まれており、超高齢化社会に向けた地域包括ケア構想が厚生労働省の主導で進められている。

宮古市では宮古地域医療情報連携ネットワーク協議会の主催で医療および介護関係の職員が集まり、地域としてどのように取り組んでいくべきか2年前から研修を重ねてきた。その5回目が「地域における薬剤師の役割」と題して先日開催され、参加者の薬剤師、薬局に対する認識が医薬分業前とあまり変わっていないことを知ることができた。

 

1997年に当時の厚生省が37の国立病院へ完全分業を指示して以降、急速に医薬分業が進み院外処方箋の発行率は199622.5%(岩手18.7%)から201570.0%(岩手78.2%)となっている。

今や調剤薬局は6万軒を越えてコンビニよりも多く、その72.1%(岩手県79.4%)がいわゆる門前薬局である。国は薬を使った分だけ収益の上がる薬価差益の縮小と技術料の巧みな操作で院外処方を誘導し、薬価差益に依存した経営から診療所や病院を脱却させることに成功したが、薬局のあるべき姿とはかけ離れた門前薬局の乱立を許し欧米ではありえない光景を日本中につくってしまった。

医薬分業で期待された処方薬の重複投与や副作用・相互作用の確認、処方医への疑義照会および情報提供等については「お薬手帳」などの活用により門前薬局でも可能だが、手帳の普及率が55%で持参率は30%であったという試算がある。

院内調剤の1.33.8倍のコストがかかるといわれる負担の増加に見合うだけのサービスを門前薬局が提供できていないとして院内調剤を再開する病院も数年前から出てきている。

 

薬剤師の国家資格は単なる薬の管理や調剤だけに与えられたものではない。2006年の医療法改正により薬局は診療所や病院と同じ「医療提供施設」となり地域医療における法律上の責務が課せられている。

処方内容のチェックを通した医薬品の継続的な適正使用はもちろんのこと地域住人の健康管理、メディアが垂れ流す一面的な情報への根拠をもった助言、セルフメディケーションへも積極的に関わることが求められている。

これは面分業を妨げてきた門前薬局へ地域に根ざし住民に選ばれる存在となることを迫るものである。

国が超高齢化社会に向け本腰をあげて医療費の抑制を図っていくなかで、地域包括ケア構想をチャンスにかえて薬局再編の道を探っていかなければ薬剤師そのものの存在価値が問われることになるだろう

 

 

 

✒️ 精神科病院における多剤大量処方の今を問う @日本薬事新報 No.2913 (2015) 

 

<はじめに>

精神科病院における長期入院患者の地域移行が政策的に進められ、向精神薬の多剤併用が診療報酬の減算対象となっている今日において、統合失調症患者への行き過ぎた処方の是正は早急に取り組むべき課題となっている。欧米諸国は切り替えや一時的な精神症状の変化に対する2剤併用がほとんどで長期の併用は例外的だが、日本では統合失調症患者の4割に3剤以上の抗精神病薬が長年にわたり投与されている。抗精神病薬の多剤大量処方と長期入院の慣行は、日本精神科病院協会が指摘してきた「低医療費隔離政策」による社会的入院を請け負うなかで変質した精神科医療の負債ともいえるものであり、長期入院患者の中には抗精神病薬処方を単剤化できる患者が少なからず含まれていると考えられる。

 

<なにが問題なのか>

精神科医療政策の転換により精神科病院は「あるべき姿」にむけて生き残りをかけた軌道修正を迫られているが、抗精神病薬の単剤化率が今だ30%台にとどまっていることから、その多くは長期入院患者に依存した経営から脱却できないままであると思われる。多剤大量処方の一因として治療抵抗性患者の精神症状を薬物により取り払おうとしてきたことがあげられる。長期入院患者の多くは治療抵抗性の可能性が高く、安定してみえる状態が抗精神病薬によるドパミン神経の過剰な遮断で人間としての感情を抑えられ、精神症状が出せないまでに抑制されたうわべの「安定」であること、維持期には過剰な遮断を抑えて神経機能の回復を促し、自己治癒力を高めることが必要であることを今いちど再認識する必要がある。

抗精神病薬の多剤大量処方にはエビデンスがなく、1剤増えるごとに相対死亡リスクが2.32.5倍となることが国内外で報告されている。ドパミン受容体の6580%を遮断することで十分な抗精神病作用が得られ、それ以上の遮断は錐体外路症状などの有害事象を招くことになるが、過剰な遮断が続くとドパミン受容体のアップレギュレーションからドパミン過感受性を生じ、さらなる増薬の悪循環に陥ることとなる。

 

<これまでの取り組み>

当院は三陸海岸の中ほどに位置する宮古市に建つ、病床数235床(精神科一般病棟185床、認知症治療病棟50床)の単科精神科病院である。精神科一般病棟における7月現在の疾患構成は統合失調症67.4%、器質性精神障害9.0%、アルコール依存症6.8%、アルツハイマー型認知症6.7%、うつ病3.4%、その他6.7%となっており、東日本大震災後アルコール依存症と認知症のBPSDによる入退院が徐々に増えている。平均年齢63.7歳、平均在院日数2,670日、1年以上の長期入院患者は76.4%である。

201010月の薬事委員会で入院患者における抗精神病薬の処方状況を報告し、常勤医の少ない体制で処方の適正化を図っていくためには、多職種が連携して計画的に進める必要があるという病院長の方針のもと、減薬方法について検討を重ね、東日本大震災をはさんで20118月より処方適正化の取り組みを開始した。

対象患者は抗精神病薬2種類以上またはCP等価換算値で1000mgCP以上が投与され、精神症状が6カ月以上安定している入院患者とし、薬剤管理指導において理解が得られた患者について看護科と協議のうえ医師に提案することとした。減薬方法は、総CP等価換算値の半分を目安として高力価定型薬、低力価定型薬、非定型薬の順に、換算値の小さい薬剤から低力価薬25mgCP2週、高力価薬50mgCP2週を原則に、医師の指示のもと薬剤科で作成した減薬計画書に基づいて漸減することとした。

2011年8月から20148月までに64人が対象となり、完了が37人(57.8%)、中止は27人(42.2%)であった。中止後に増量が必要だった患者(中止増量群)が13人、中止時の用量を維持できた患者(中止維持群)は11人で、減薬中に3人が死亡している。死因は水中毒による脳浮腫および腎障害、不整脈による突然死、肺炎であった。減薬期間は完了群9±4.7カ月、中止維持群7±6.0カ月、中止増量群9±5.3カ月であった。完了群、中止群で発症年齢、罹病期間、在院年数、減薬開始時のCP等価換算値、DAI-10DIEPSSに有意差はなく、減薬前の抗精神病薬増減パターンにも傾向を探ることはできなかった。

計画完了後も多剤大量処方となっている患者は6カ月後に再減薬を検討している。中止となった患者についても精神症状が6カ月以上安定していることを条件に、離脱やドパミン過感受性が疑われた中止維持群の患者は漸減量を半分に抑え、再燃が疑われた中止増量群の患者は残すべき主薬を再検討しながら減薬を試みている。その後の経過をみると完了群は10人が増量、3人が減量となり、中止維持群および中止増量群ではともに5人が増量、5人が減量されていた。完了群よりも中止群の方が短期間で増量される傾向にあった。離脱やドパミン過感受性などにより問題が生じる漸減量にはかなりの個人差があると考えられるが、取り組み開始前と比べ統合失調症入院患者全体における抗精神病薬の増薬件数がむしろ減少していることから、中止群のなかには減薬に依らない精神症状の変化によるものが少なからず含まれていると考えられる。

3年の取り組みで統合失調症入院患者の平均CP等価換算値は1239mgCPから904mgCPに減少し、平均併用数も2.9剤から1.7剤に減少、単剤化率が26.0%から62.8%に増加している。抗精神病薬の使用額は薬価ベースで3割減少し、抗コリン薬も4割近く減少している。また、医師からの依頼で減薬計画書を作成する件数が徐々に増え、減薬を行っている患者の半分以上を占めるまでになっている。

多剤大量投与を長年受けてきた患者からの減薬はドパミン受容体のダウンレギュレーションに歩調を合わせて少しずつゆっくり行うことが重要であるが、計画書にもとづいた組織的な減薬は、病院全体として適正化を図っていくうえで有用と考える。多職種を巻き込んだ適正化の試みが、各職域で長期入院患者への関わり再考するきっかけとなり更なる入院生活の改善につながることを期待している。

 

<今後に向けて>

精神科病院に勤務する薬剤師は多剤大量処方の問題について、薬学的知見から積極的に他職種へ説明し理解を得ていくべきであり、多剤大量投与に関わってきた薬剤師としての責務でもあると考える。また、一般科とは異なるリスクをかかえる入院患者を安全に管理することが求められ、常に患者の変化を察知し対応を迫られる病棟現場には、減薬で再燃の可能性が高まることに対する強い危惧がある。自我境界を保てずストレス脆弱性をかかえる統合失調症患者に対し、管理のための環境や自分たちの関わりがストレスを与えてはこなかったか、そのストレスに対する反応を抑えるために多剤大量処方を必要としてこなかったか、患者に関わる職員一人一人が自問し共通の問題意識をもつことが処方適正化を進めるうえで重要である。

SCAP法を検証した岩田等による「抗精神病薬の多剤大量投与の安全で効果的な是正に関する臨床研究」では、減薬を試みた101人(2.5±0.7剤、1027.1±293.7mgCP)について、脱落24人中17人にプロトコル違反があり、精神症状の悪化による脱落は3人(3%)だったと報告している。当院でもSCAP法と同じ漸減量で減薬を試みてきたが、中止率が42.2%と大きく異なり、プロトコル施行期間36カ月にあわせた6カ月以内の集計でも16.2%11人)とかけ離れていた。多施設共同研究というなかでの限られた患者選択がひとつの要因として考えられるが、当院における患者層(3.3±1.4剤、1758.8mg±739.8mgCP)の不均一性がどの程度影響しているかは、実臨床のなかで明らかにしていくべき今後の課題である。長年の多剤大量投与に順応しバランスを保っている患者の処方を適正化することによる、精神的および身体的影響と予後を明らかにできるのは、長期入院と多剤大量投与の問題をかかえる日本の精神科病院だけである。適正化に取り組んでいる施設の結果を集約し検討していく場が早急に必要と考える。

 

<さいごに>

抗精神病薬の多剤併用が診療報酬の減算対象とされるに至っても日本薬剤師会、日本病院薬剤師会などの薬剤師組織から多剤大量投与の薬学的な問題について明確な提言がされてこなかったのはなぜなのだろうか? 患者を抜きにした理念を掲げている薬剤師会はないと思うが、問題意識がないとすれば存在意義を疑われてもしかたなく、問題を避け続けてきたとすれば社会的責任を問われてもしかたがないだろう。現場の薬剤師を後押ししていくためにも、薬の専門家組織としての理念に照らした提言を期待したい。

適正化に取り組むなかで患者が求めているのは多剤大量処方を必要としてきた社会的入院の是正であり、精神科病院だけの問題ではないということを改めて考えさせられた。長期入院患者が今後の人生を取り戻していくために、職域を越えて今何ができるかを考え、患者一人一人の病状と地域の実状に応じた関わりを探っていくことが求められている。社会的入院を強いられてきた患者が高齢化している今、先送りは許されない。

 

三陸病院薬剤科:加藤昭一